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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)840号 判決 1995年11月17日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の主位的請求(原審における請求)を棄却する。

三  控訴人は被控訴人に対し、金二九四一万七九一七円及びこれに対する平成三年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審における予備的請求)。

四  被控訴人のその余の当審請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  主文一、二項と同旨

2  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

(なお、被控訴人は、当審において、貸金請求につき、金二九四一万七九一七円及びこれに対する平成三年六月一六日から支払済みまで年一割五分の割合による金員の支払を求める旨請求を減縮した。)

三  当審で追加した予備的請求の趣旨

控訴人は被控訴人に対し、金二九四一万七九一七円及びこれに対する平成三年六月一六日から支払済みまで年一割五分の割合による金員を支払え。

四  予備的請求の趣旨に対する答弁

予備的請求を棄却する。

第二  当事者の主張

一  主位的請求の原因

1  被控訴人は平成三年三月一五日控訴人に対し、三五〇〇万円を次の約定で貸し渡した(以下「本件貸付」という。)。

(一) 弁済期 平成三年六月一五日

(二) 利息 月三分

(三) 遅延損害金 年三割

2  被控訴人は利息三三九万五〇〇〇円を天引きして、三一六〇万五〇〇〇円を交付した。

3  天引利息中、利息制限法所定利率を超過する分を元本に充当すると、弁済期である平成三年六月一五日時点における本件貸付金の残元本は、次のとおり二九四一万七九一七円となる。

(弁済期までの

31,605,000円×0.15×(93÷365)=1,207,917円

3,395,000円-1,207,917円=2,187,083円

(弁済期における残元本)

31,605,000円-2,187,083円=29,417,917円

4  よって、被控訴人は控訴人に対し、貸金残金二九四一万七九一七円及びこれに対する弁済期の翌日である平成三年六月一六日から支払済みまで利息制限法所定の範囲内である年一割五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  主位的請求の原因に対する認否

主位的請求の原因事実は全て否認する。本件貸付の借主は、昭栄グループの代表者笹原昭弘(以下「笹原」という)、同グループ配下の株式会社昭立または北斗道路株式会社(以下「北斗道路」という。)である。

三  抗弁

1  仮に、控訴人が本件貸付を受けたとしても、それは笹原から強迫されたためである。すなわち、笹原は、組織暴力団山口組小西一家八田組の幹部であり、昭和六二年一二月ころ控訴人を強迫して高槻市大字奈佐原所在の土地を笹原の配下企業に売却させたが、それ以後平成三年四月ころまで、継続的に控訴人を強迫し、控訴人に対し、金融機関や笹原の紹介する金融業者からの借入れをさせ、その金員を交付させるなどの方法で、約四〇億円にも上る金員を控訴人から喝取したが、その一環として、被控訴人から本件貸付を含む四回の貸付を受けさせ、その融資金を笹原が領得した。

2  よって、控訴人は、平成六年二月二四日被控訴人に到達した同日付け準備書面により、本件消費貸借貸金契約を取り消す旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は不知、同2の事実は認める。なお、第三者の強迫による意思表示を取り消す場合には、民法九六条二項を類推して、強迫の事実を相手方が知っていることを要すると解すべきであるから、控訴人は、笹原が控訴人を強迫したことを被控訴人が知っていたことを主張立証する必要がある。

五  予備的請求(抗弁が容れられた場合)の原因

控訴人は被控訴人から貸金として、二九四一万七九一七円の交付を受けたところ、本件消費貸借契約の取消しが認められる以上、右金員を利得すべき法律上の原因を欠くうえ、利得について悪意であるから、被控訴人に対し、右金員及びこれに対する利息の返還義務を負う。

六  予備的請求の原因に対する認否

予備的請求の原因事実は争う。

第三  当裁判所の判断

一  主位的請求の原因について

1  甲八、二三、当審証人酒井種夫の証言、控訴人の原・当審供述、被控訴人代表者の原審供述及び以下の( )内に記載する証拠によると、次の事実を認めることができる。

(一) 被控訴人代表者は平成三年三月一四日控訴人から融資を求められ、担保があるならこれに応ずる旨答えたところ、翌一五日被控訴人事務所に控訴人、笹原、酒井種夫(以下「酒井」という。)が訪れ、控訴人が金額三五〇〇万円の約束手形(支払期日平成三年六月一五日、振出人株式会社昭立、受取人笹原、振出日同年三月一日・甲一)の第二裏書人欄に署名押印し、これとともに後記大阪市白東区成育の土地建物の資料を差し出した。

(二) 控訴人は、被控訴人代表者からあらかじめ依頼されて、被控訴人事務所に来ていた稲塚司法書士の求めに応じて、父土井幾太郎所有の大阪市城東区成育三丁目七七番一一所在の土地建物に根抵当権を設定するための登記委任状(乙一〇の3)に幾太郎名義の署名をし、同人の登録印を押捺した(甲五、乙六)。

(三) 被控訴人代表者は、<1> 手形金額三五〇〇万円に対する平成三年三月一五日から同年六月一九日まで九七日間の月三分の利息三三九万五〇〇〇円(弁済期の平成三年六月一五日が土曜日であるため、現金決済される翌週の水曜日である同年六月一九日まで九七日間の利息を天引きした。)、<2> 被控訴人が控訴人に対して平成二年一二月二〇日に貸し付けた五二〇〇万円の月二分の一か月分の利息一〇四万円、<3> 控訴人が負担すべき司法書士手数料二二万八〇〇〇円、以上合計四六六万三〇〇〇円を控除し(甲一一、一二)、残金三〇三三万七〇〇〇円を交付することとし、酒井及び控訴人の指示した近畿銀行吉田支店の北斗道路の当座預金口座に振り込んだ(甲三の2)。なお、右振込先である同会社の口座番号を記載したメモ(甲二)は、口座番号等を酒井が記載し、控訴人がこれに署名したものである。

(四) 稲塚司法書士は平成三年三月一六日、前記の幾太郎名義の登記委任状(乙一〇の3)、幾太郎の同月一四付印鑑登録証明書(乙一〇の4)、右土地建物の登記済証などにより右土地建物について極度額四〇〇〇万円の根抵当権設定登記手続をした(甲五、乙六、九の1、2、一〇の1、5)。

2  乙四、控訴人の原・当審供述中、右認定に反する部分は信用することができない。

3  右1認定事実によると、被控訴人は控訴人に対し、平成三年三月一五日三五〇〇万円を弁済期同年六月一五日、利息月三分、遅延損害金の定めなく、貸し渡し、利息三三九万五〇〇〇円を天引きして、残金三一六〇万五〇〇〇円を交付したというべきである。

二  抗弁について

1  甲八、二三、乙五の1、2、二四、三〇ないし三二、当審証人酒井の証言、控訴人の原・当審供述、被控訴人代表者の原審供述及び以下の( )内に記載する証拠によると、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人はシン建設株式会社代表者新裕とともに昭和六一年一〇月ころ、谷田勝美所有の高槻市大字奈佐原の土地(以下「奈佐原の土地」という。)の売却に関係するようになったところ、昭和六二年一二月初めころ笹原から奈佐原の土地を売って欲しい旨強い申し入れがあり、谷田勝美の了承がないまま同年同月九日右土地を笹原の配下にあるトーヨーエンジニアリング株式会社に売却した(甲一七、二二)。

(二) 同年同月三日、笹原は控訴人及び新裕をホテルセイリュウのロビーに呼び出し、「実はわしはこういう者や。」といって「同和中央会」発行の身分証明書を見せ、「同和統括の東京本部の幹部である。」「分かっているやろな。」「悪いようにせん。俺のいうことを聞いたらええねん。おかしなことをしたら承知せん。組織動かしたらお前ら位どないでもできる。お前ら位消すの手汚さんでもできる。」などといって強迫した。

控訴人は以前の体験から同和を名乗る人物に恐怖感を抱いていたので、笹原に対する恐怖感を強くした。

(三) その後、笹原は、土地の買付代金名目で控訴人に金を出させ、控訴人が買い付けた土地はどうなっているかと尋ねても、「あんたは知らんでもよい。知ればしゃべりたくなる。お前がしゃべったばかりに開発の妨害でも入ったらどうする。俺は命を張って仕事をしてるんや。損害賠償ぐらいで済むことと違うで。お前らもしゃべらんと言って万一しゃべって大事になったら命を張るんか。」などといって、家族にも口外するなと繰り返したり、控訴人に孫の学年を尋ね、「今誘拐事件がよくある。資産家の土井さんや、気いつけなあかんで。」と脅すなどした。

(四) 笹原は、以上のような強迫によって、控訴人が畏怖していることに乗じて、谷田が交渉にやくざを入れてきたとしてそのために必要な解決金、別の土地の買付代金、自分が実質的に経営する昭立不動産の資金繰り等の名目で、控訴人に、昭和六三年ころまでに約三億円に及ぶ現金や小切手を交付させ、更には、金融機関や笹原の紹介する金融業者からの借入れを控訴人に行わせ、その金員を交付させる等の方法で、控訴人から数十億円に上る現金や小切手を取得した。以上の結果、控訴人の所有する門真市大字岸和田の三筆の土地には、平成二年末ころまでに複数の根抵当権が設定され、極度額の合計は二〇億円余になるなど担保余力がない状態に陥った。

(五) 控訴人は昭和五二年二月から保護司の職にあったが(甲一四)、笹原との関係について思い悩みながら、同人に対して強い恐怖心を抱いていたこと、保護司の立場として恐喝されていることを公にすることを不名誉と考えたこと、家族にも累が及びかねないと危惧したことなどにより、誰に相談することもなく、笹原の言うがままになっていた。

(六) 笹原は、昭栄グループの会長であり、昭立不動産株式会社(乙二五の1、2)、伸弘建設株式会社(代表者笹原誠は笹原昭弘の息子)、北斗道路(代表者酒井・乙一、二七ないし二九)はいずれもその配下の会社組織であり、酒井は昭立不動産の取締役経理部長でもあった(乙一二)。

平成元年一月ころ、笹原の意向で、昭立不動産は、控訴人及び幾太郎の居宅の斜め向かい約二〇〇メートルの距離にある門真市下馬伏一〇〇二番地の一所在の幾太郎所有のマンション「ピアネスDOI」に入居し、同所を昭立不動産事務所として使用し始めた。このため、控訴人及び幾太郎は、笹原及びその配下の者によって、始終監視されていると感ずるようになった。

(七) 前記(四)のように、控訴人所有の門真市大字岸和田の土地の担保余力が乏しくなったので、笹原は、幾太郎ら所有の物件に目を付け、これらの物件を担保として提供させて金融を得ることを企図するに至った。

(八) 平成二年一一月二九日ころ、控訴人は笹原から昭立不動産事務所に呼び出され、「古くからの知人の金政興業代表の金田(金正雄と同一人物)から金融業者の紹介を受け、融資を受けることになった。明日、酒井と一緒に金政興業へ行け。」と指示された。

翌三〇日ころ、控訴人は酒井とともに金政興業に行き、金田に連れられて金主である被控訴人の事務所に行った。控訴人は、同所で被控訴人代表者から融資条件の説明を受けたが、やくざ風の男数名が同席していたので不安を覚えた。そこで、控訴人は、被控訴人事務所からの帰途に昭立不動産事務所に寄った際、笹原に被控訴人から融資を受けたくないと述べたが、笹原は、「年末の今、ここしか融資してくれるところがない。山本産業が明日ここに来ることになっている。」と述べて控訴人を睨み付け、取り合わなかった。

平成二年一二月三日午前一〇時ころ、昭立不動産事務所に控訴人、被控訴人代表者、金田、酒井、笹原らが集まり、同所に奥田司法書士を呼んで幾太郎ら所有物件に極度額四億円の根抵当権設定登記手続等を依頼した。その時刻が既に午後三時ころになっていたので、同司法書士が今日登記手続をするのは無理だろうと述べると、笹原は、激しい剣幕で今日中に登記手続をするように命じ、被控訴人代表者も今日融資を実行するなら今日中に登記申請をしてもらわなければ困ると強い口調で言って、恐怖感を覚えた同司法書士をして、同日中に登記申請を行うことを了承させた(甲七)。

その足で、被控訴人代表者、控訴人、酒井らが被控訴人事務所に行ったところ、既に同司法書士から被控訴人に今日登記所が申請を受理してくれた旨の電話連絡が入っていたので、被控訴人は控訴人に対し、三億〇五〇〇万円を融資し(弁済期平成三年五月二日、利息月三分・乙一五の1、2)、被控訴人代表者が利息を天引きした残額である二億五〇一〇万円の保証小切手を差し出したところ、酒井がそれを持ち帰った。なお、控訴人はその際、二億円、五〇〇〇万円、一〇万円の三通の領収書(乙二二の1ないし3)を被控訴人に差し入れた。

(九) 笹原は平成二年一二月一〇日ころ、被控訴人から更に一億六〇〇〇万円の追加融資を受けることに決め、控訴人に対し、「山本産業から追加で一億六〇〇〇万円の借入れを取り決めた。登記手続を準備せえ。」と告げ、奥田司法書士に登記手続を依頼するよう指示した。

控訴人はこれに抵抗する術もなく、翌一一日ころ同司法書士に再度登記手続を依頼したが、奥田司法書士は、控訴人が被控訴人からの借入れを家族に内緒にしていると知ったことや、前回の登記手続の際に笹原及び被控訴人代表者の態度に恐怖感を抱いたことから、再度登記手続に関与することをちゅうちょし、控訴人に対し、被控訴人から金を借りるのを止めるように忠告した。しかし、控訴人は、笹原を恐れて、一時的なつなぎ融資だからと同司法書士を説得した。

そこで、同司法書士は、やむなく、根抵当権設定契約書に幾太郎の署名を得るため、そのころ、控訴人とともに幾太郎方を訪れたが、幾太郎に対し、「被控訴人のようなところからお金を借りていたら、昔から続いた土井家が潰れて、夜逃げしなければならなくなりますよ。」という趣旨のことを話したところ、幾太郎が顔色を変えて怒りの表情を示し、また右書面に生年月日を書かせようとしたところちゅうちょする様子を示したので、これを口実に登記申請手続の依頼を断った(甲七)。

そのため、笹原、被控訴人代表者、控訴人らは別の司法書士により平成二年一二月一三日受付により幾太郎ら所有物件に極度額二億円の根抵当権を追加設定する等の登記手続をしてもらった。

平成二年一二月一四日、控訴人、酒井らは被控訴人事務所を訪れ、被控訴人は控訴人に対し、一億六〇〇〇万円を融資し(弁済期・平成三年五月一三日、利息月三分・乙一六の1、2)、被控訴人代表者が利息を天引きした残額に相当する保証小切手を差し出したところ、酒井がそれを持ち帰った。なお、控訴人はその際、一億三一二〇万円の領収書(乙二三)を被控訴人に差し入れた。

(一〇) 平成三年一二月一九日控訴人は昭立不動産事務所に呼び出され、笹原から「今日山本に会ったんで五〇〇〇万円ほど貸してくれと頼んだら、担保の枠があるように言うとったので、枠の中やったら貸すと言うとるんで、酒井の車で山本へ行って借りてこい。」と指示された。

控訴人は拒否すると、笹原からまた強迫されると考え、翌二〇日酒井と一緒に被控訴人事務所に行った。被控訴人は控訴人に対し、五二〇〇万円を融資し(弁済期・平成三年五月二〇日、利息月二分・甲一〇、乙一七の1、2)、被控訴人は、利息を天引きした残額である四九八五万八六六一円を酒井及び控訴人の指示で、近畿銀行吉田支店の北斗道路の当座預金口座に振り込んだ(甲三の1)。

(一一) 平成三年二月初めころ控訴人は昭立不動産事務所に呼び出され、笹原から「大阪市内に借家や言うてたやろう。あれ担保に入れてないぞ。権利証持ってこい。いっぺん見て見る。」といわれて仕方なく、幾太郎所有の大阪市城東区成育三丁目七七番一一の土地建物の権利証を笹原に渡した。同月末ころ控訴人が笹原に対し、右権利証を返してほしいといったところ、笹原は「お前権利証いるんか。俺とこの金庫を入れといたら大丈夫や。お前がいるときは出すやないか。」などといって返還を拒否したので、控訴人は返還要求をあきらめた(乙三二)。

(一二) 右のような一連の経過の後、平成三年三月一五日被控訴人の控訴人に対する三五〇〇万円の本件貸付がなされた。

2  右1認定の事実に基づいて検討する。

(一) 本件貸付に係る控訴人と笹原の平成三年二月以降の交渉経過及び本件貸付当時の状況は、右1の(一一)、(一二)及び前記一の1のとおりであるが、これによると、本件貸付について、笹原が控訴人に対し、明示的に強迫的言動をしたとまでは認めることができない。

(二) しかし、1の(一)ないし(一〇)の事実によると、奈佐原の土地の笹原配下企業への売却、本件貸付以前の三回の被控訴人の控訴人に対する貸付及びこのための担保権設定等の登記手続は笹原の強迫によってなされたものというべきところ、控訴人が被控訴人から本件貸付を受けるに至ったのは、笹原の指示によるものであること(当審証人酒井の証人調書99項)、本件貸付の場に笹原が同席していたこと、本件貸付による融資金が北斗道路の当座預金口座に振り込まれているが、控訴人が同会社に送金する動機がないことなどからすると、本件貸付は、控訴人が笹原からこれまでの強迫によって畏怖し、自由な意思決定ができない状態になっていることに乗じてなされたものというべきである。

3(一)  控訴人は昭和六三年、奈佐原の土地の前所有者である谷田勝美から控訴人が谷田の承諾なしに右土地を他に処分しないと約束したにもかかわらず、谷田の承諾なくしてこれを他に処分したとして、損害賠償請求の訴えを提起され(大阪地方裁判所昭和六三年(ワ)第九七〇七号)、弁護士を訴訟代理人として応訴したから(甲二二)、その時点以降の笹原の強迫に対してしかるべき対策を講ずることができたと思われるのに、その対策を講じていないが、そのことは、1の(一)ないし(一〇)の笹原の控訴人に対する言動が強迫に該当し、本件貸付が笹原の強迫によるものであるとの認定を妨げるものではない。

(二)  控訴人は平成三年大阪地方検察庁に、笹原を恐喝被疑事件で告訴したところ、平成六年三月二四日不起訴処分となったが(甲一三の2)、その告訴内容が明らかでないことからすると、右と同様、1の(一)ないし(一〇)の笹原の控訴人に対する言動が強迫に該当し、本件貸付が笹原の強迫によるものであるとの認定を妨げるものではない。

(三)  平成二年一二月二五日ころ、被控訴人代表者、笹原、控訴人、酒井らが集まって、天下茶屋のふぐ料理屋で忘年会が開かれたが(甲八)、これは、笹原から「被控訴人代表者に世話になっているので、お前も出ろ。」といわれたためであり(控訴人の原審供述)、控訴人が右忘年会に出席したことも、1の(一)ないし(一〇)の笹原の控訴人に対する言動が強迫に該当し、本件貸付が笹原の強迫によるものであるとの認定を妨げるものではない。

(四)  甲八、一七、二三、二六及び当審証人酒井の証言、被控訴人代表者の原審供述中、1、2の認定に反する部分は信用することができず、そのほかにも、1、2の認定を左右するに足る証拠はない。

4  控訴人が被控訴人に対し、平成六年二月二四日到達した準備書面により、本件消費貸借契約を取り消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

なお、被控訴人は、第三者の強迫による意思表示を取り消す場合には、民法九六条二項を類推すべき旨主張するが、独自の見解であり、採用することができない。

5  以上によると、抗弁は理由があり、主位的請求は棄却を免れない。

三  予備的請求の原因について

1  右のとおり、控訴人は本件消費貸借契約の成立時に、少なくとも三〇三三万七〇〇〇円(北斗道路の当座預金口座に振り込まれた金額)の交付を受けたところ、本件消費貸借契約が取り消されたことにより、同金額を法律上の原因なくして利得したものというべきである。

右金額は北斗道路の当座預金口座に振り込まれたが、これは控訴人の指示によるもので、被控訴人・控訴人間に金員の交付があったと認めざるを得ない以上、右交付の時点で控訴人は同金額を利得したというべきであり(最高裁判所第三小法廷平成三年一一月一九日判決・民集四五巻八号一二〇九頁参照)、右金員が北斗道路の利用するところとなり、控訴人の手許に止まらなかったことは控訴人の利得の認定を妨げるものではない。

2  控訴人は、強迫を理由に取消しの意思表示をするものであるから、悪意の不当利得者として、その利得金及びこれに対する利息を付して返還すべき義務があり、その利率は民事法定利率によるべきである。

3  そうすると、控訴人は被控訴人に対し、不当利得返還義務の履行として、請求の範囲内である二九四一万七九一七円及びこれに対する平成三年六月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による利息を支払う義務がある。

四  以上によると、被控訴人の主位的請求は理由がないから、原判決を取り消して(なお、大阪地方裁判所平成四年(手ワ)第二八一号手形判決は、被控訴人が手形判決に対する異議申立て後、手形金請求を貸金請求に交換的に変更したことにより失効した。)、被控訴人の主位的請求を棄却し、被控訴人の予備的請求を主文三項の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。

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